藤はなの窓
Column

2020.12.28
フェノロジーということ

今年(令和2年)の紅葉には、例年と比較してなんとなくメリハリが感じられないということを意識したのは、私だけではないと思います。平等院の境内にも200本近いモミジが植栽されていますが、例外ではありませんでした。もちろん、新型コロナウィルスの感染状況が、紅葉シーズンを目前として再び拡大したことも、少なからず影響しているかもしれません。それほどまでに、季節の移ろいを愛でる人の感性には、様々な心理状態が作用するものなのでしょう。しかし、実際には夏から秋にかけて天候が不順であったことが、最も客観的な要因であることは間違いないところであるようです。

このように、毎年、秋になると話題にあがる紅葉やサクラの開花状況のように、季節の変化がもたらす気候や気象条件に反応しつつ、植物がそのすがたやかたち、色などをかえる一連の現象を、生態学の分野ではフェノロジー(phenology・生物季節)といいます。近年では地球温暖化や気候変動との関係において、この言葉とその概念が注目を集めるようになっています。なぜなら、植物の姿かたちのありようは、気温の変化に最も強い影響をうけるからにほかならないからです。もちろん、植物にかぎらず、鳥類や昆虫などを含めた様々な生き物の活動が指標とされていることはいうまでもありません。日本の気象庁では、1953年から現在まで全国102カ所において、のべ120種以上の植物・動物種についてその開花・発芽・落葉・初見日・初鳴日などのフェノロジーを記録しているということです。日本人であれば、春のサクラの開花から満開に至る状況が、1年のうちで最も気になるフェノロジーではないでしょうか。

ところでこのフェノロジーには、花の開花のように季節の節目になる現象を意味することのほかに、時間の経過に沿って生じる緩やかな自然の移ろいが、風景のありようとして認知されるという意味が含まれています。一輪の花、一本の樹木だけではなく、それらが群として集合した状態では、それぞれの個体が気候の変化に対して、少しずつ異なる反応をみせることになるでしょう。同じ落葉樹の新緑であっても、新しい葉が開くタイミングのわずかな時間差が、葉の色合いの違いになって現れます。また、秋の紅葉の場合には、赤一色よりも、黄色からオレンジ色、さらには深紅へと続くグラデーションに心惹かれるものです。新緑や紅葉の美しさは、このような個体差がもたらす微妙な色とテクスチャーの違いが、モザイク模様のような風景を作り出し、それが日々変化していくところにあるでしょう。

平等院の境内では、実に様々な植物群が浄土庭園を彩ります。また、境内の北東を流れる宇治川の河畔、さらには対岸の宇治山までを視野に入れるならば、その風景のフェノロジーは、日本の四季を代表するものになるのかもしれません。来年の春から秋にかけては、コロナ禍を克服した後の穏やかな心持ちで多くの方々が宇治を訪れ、季節の移ろいを愛でることができていることを願ってやみません。(文・宮城俊作)

201117紅葉写真⑤.jpg

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