藤はなの窓
Column

2021.9.1
鳳凰の卵

いささか突拍子もないタイトルに読者の皆様は驚かれたかもしれません。そもそも鳳凰なる想像上の鳥が卵を産むものなのか、という疑問が先に立ってしまうのでしょうが、それはさておき、これは、令和3年7月5日から12月中頃まで、平等院のミュージアム鳳翔館に展示されているアートのタイトルそのままなのです。作者はロボットデザイナーで美術家でもある松井龍哉氏。コロナ禍の早期終息と次代の安寧を祈念して奉納されました。

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 鳳凰の卵 / 写真・藤塚光政

作品のモチーフとなったのは、「コロナ禍の世を鎮め、次の世を担うために、鳳凰が産んだ卵」であり、それが鳳凰堂の前面にひろがる阿字池に落ち、水の中をゆっくりと沈んでいく様子をガラスの中に固定したものです。やがて池底に落ち着いた卵は、コロナ後の次なる穏やかな時代の到来とともに新しい生命を地上に届けるべく再び胎動する、というストーリーです。

 この作品は、日本の伝統工芸と最新技術の融合によって創出されました。まず、ここでの伝統工芸は、作品の背景をなす深い藍色の垂直面をもたらしてくれました。この色は、奈良時代から続く「天然灰汁発酵建藍染」の染色技法によるもので、京都の染織家・中西秀典氏が手がけました。身にまとう本藍染の布が、長く日本人の身体を守ってきたという歴史を参照しているものでもあります。また、使用された絹布は、現在では極めて稀少な存在となった日本在来種の蚕、小石丸から採取された極細の絹糸を織り上げたもので、毛羽立ちが少ないなめらかなテクスチャーが、天然藍の色を艶やかに引き立てています。ここにも日本の伝統工芸がいかされています。

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鳳凰の卵 / 写真・藤塚光政

一方、現代の最新技術は、光学ガラスの中にレーザー光線で彫刻された卵のシルエットに反映されています。高性能の望遠鏡などに使われる光学ガラスは、極めて高純度の原料を調合して限りなく透明に近づけた素材であり、その開発は現代日本における最先端のものづくりのひとつによるものです。この光学ガラスの中に卵の形をつくりだす技術は、レーザー光線をレンズで集光してガラスの内部に微細な彫刻点を発生させ、その集合によって立体を表現するものです。純水に匹敵する透明な流体に包まれて、卵が産み落とされた瞬間を永遠に固定したことになるでしょう。

 振り返えれば、今から970年余り前、平等院が創建された西暦1052年は末法初年でした。飢饉や疫病、騒乱の中で不安に苛まれていた人々にとっての、来世での安寧を祈念して建立された鳳凰堂には、当時の最先端の美術工芸とそれを支えた技の粋がちりばめられていました。約千年の時を経て、再び世の中の不安と向き合う人々の、次代に繋がる想いを託したアートが奉納されたことは、この御寺にとっても、たいへん意義深いものとなりました。(文・宮城俊作)

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鳳凰の卵 / 写真・藤塚光政

 * 平等院奉納プロジェクト「鳳凰の卵」プロジェクトブックより引用

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