扇の芝 治承4(1180)年5月、以仁王(もちひとおう)の令旨を奉じ挙兵した源頼政(みなもとのよりまさ)が宇治の合戦において敗れ、自刃した場所とされています。最期を迎える時、頼政は軍扇を開き、西方へ向かい「南無阿弥陀仏」と唱えたという伝承から「扇之芝」と呼ばれています。